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福岡高等裁判所宮崎支部 昭和56年(行ス)1号 決定 1981年8月27日

抗告人 池満洋 外一六九名

被抗告人 内閣総理大臣

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人らの負担とする。

理由

一  本件抗告の趣旨及び理由

別紙抗告の趣旨及び抗告の理由記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

1  一件記録によれば、前文記載の本件訴訟は、昭和五五年四月二四日、抗告人らを含む三一三名の者が、本件抗告の代理人である弁護士らの訴訟代理により、内閣総理大臣を被告として、被告が昭和五二年一二月一七日九州電力株式会社に対してした川内原子力発電所の原子炉設置許可処分(以下、本件処分という)の取消を求めて提起したものであること明らかであるところ、昭和五三年法律第八六号、原子力基本法等の一部を改正する法律(昭和五四年一月四日施行。以下、改正法という)による改正前の昭和三二年法律第一六六号、核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(以下、旧規制法という)第二三条では、原子炉の設置許可の権限を有する国の機関は内閣総理大臣と定められていたのに対して、右改正後の同法律(以下、新規制法という)第二三条では、原子炉のうち実用発電用原子炉についてはその設置許可の権限を有する国の機関は通商産業大臣に改められ、なお右権限の変更に伴い、改正法附則第三条第一項において、旧規制法の規定により国の機関がした処分等の行為は新規制法の相当規定に基づいて相当の国の機関がした処分等の行為とみなす旨が、また、同附則第三条第二項において、旧規制法の規定により国の機関に対してされている申請等の行為は新規制法の相当規定に基づいて相当の国の機関に対してされた申請等の行為とみなす旨が各定められているから、結局、本件訴訟は行政事件訴訟法第一一条第一項但書により、通商産業大臣を被告として提起すべきであるのに、誤つて内閣総理大臣を被告として提起されたものというべきである。

2  そこで、抗告人らが本件訴訟提起につき被告とすべき者を誤つたことが、故意又は重大な過失によらないものか否かについて検討する。

思うに、行政処分の取消訴訟において、訴訟代理人がある場合は、行政事件訴訟法第一五条第一項に定める故意又は重大な過失の有無は、第一に訴訟代理人についてこれを論ずるのが当然であるから、まずこの点について按ずるに、一件記録によれば次の事実を認めることができる。

(一)  抗告人らを含む六、八七五名の者は昭和五三年二月一四日内閣総理大臣に対して本件処分に対する異議申立(以下、本件異議申立という)をしたが、通商産業省資源エネルギー庁長官は、改正法が施行されたことに伴い、行政不服審査法第四八条、第三八条の規定に基づき、本件異議申立に対する決定の権限が通商産業大臣に承継された旨を記載した昭和五四年二月二日付の原決定末尾添付別紙一の書面(以下、別紙一の書面という)を、右異議申立人全員によつて総代に選任されていた抗告人池満洋宛に送付して、そのころ同人にその旨通知し、また、新規制法により通商産業大臣が昭和五五年一月二四日本件異議申立棄却の決定をしたことに伴い、通商産業省資源エネルギー庁長官は右総代である抗告人池満に対し、通商産業大臣作成名義の右決定書の謄本を、改正法附則第三条第一項により本件異議申立に係る処分庁の地位を通商産業大臣が承継した旨を記載した同日付の原決定末尾添付別紙二の書面(以下、別紙二の書面という)と共に送付して、そのころ同人にその旨通知したこと。

(二)  そこで、抗告人池満は、昭和五五年四月一一日、本件訴訟の原告ら訴訟代理人である弁護士らに対し、本件異議申立書、これに対する通商産業大臣の異議申立棄却決定書謄本及び別紙一の書面等を添えて、自己を含む右異議申立人のために本件処分の取消訴訟の提起及びその遂行を依頼し、同人以外の異議申立人から右訴訟の委任状を取りまとめたところ、抗告人らを含む三一三名の者が右弁護士らに対し右訴訟の提起及び遂行を委任したこと。

(三)  ところで、右弁護士らは、本件異議申立の手続には関与していなかつたものであるが、前項の訴訟委任を受けて本件訴訟を提起するに当つては、抗告人池満から本件異議申立の経過の説明を受けたのみならず、同人から受領した前項掲記の各書面を検討して、本件訴状を作成し、現に同訴状の請求原因第二項には「通商産業大臣名義で(本件)異議申立を棄却する旨の決定がなされた」と記述しているものであること。

以上の点につき、抗告人らは、前示弁護士らは抗告人池満から前示訴訟委任を受ける際、別紙一の書面は受取つていなかつたものであると主張するが、一件記録に照らし、右主張は採用することができない。

右認定事実によれば、本件訴訟の原告ら訴訟代理人である弁護士らは、本訴提起前に抗告人池満から本件異議申立の経過を聞き、また右申立書及びこれに対する通商産業大臣の異議申立棄却決定書謄本並びに別紙一の書面を検討することにより、本件異議申立後、法令の改正によつて、これに対する決定の権限が内閣総理大臣から通商産業大臣に承継されたことを了知した筈であるのみならず、元来異議申立に対する決定は当該異議申立に係る行政処分をした行政庁が自らこれをなすのが通常であるから、法律専門家として僅かの注意を払えば、本件異議申立に対する右決定権限の承継は本件処分の権限が関係法令の改正により内閣総理大臣から通商産業大臣に変更されたことに基づくものと容易に推察し得るところであり、従つて、その関係法令の改正を点検したうえ、行政事件訴訟法第一一条第一項但書に照らせば、本件訴訟の被告を通商産業大臣とすべきことは難なく判明したものというべきである。そうとすれば、本件訴訟の原告ら訴訟代理人である弁護士らには、誤つて内閣総理大臣を被告として本訴を提起したことにつき、法律専門家として要求される注意義務を著しく欠いた重大な過失があるものというの外ない。(なお、仮に右弁護士らが前示訴訟委任を受ける際、別紙一の書面を受取つていなかつたものとしても、同弁護士らは、その際抗告人池満から本件異議申立の経過を聞き、また右申立書及びこれに対する通商産業大臣の異議申立棄却決定書謄本等を受取つているものであるから、本訴提起までに右各書面を検討することにより、当然本件異議申立に対する決定が最初本件処分をした内閣総理大臣ではなく、通商産業大臣によつてなされていることを了知したものというべく、かかる場合には、前同様、法律専門家として僅かの注意を払えば、本件処分の権限が本件異議申立後、関係法令の改正により内閣総理大臣から通商産業大臣に変更されたこと、従つて本件訴訟の被告は通商産業大臣とするべきであることを容易に知り得たものというべきであるから、前示弁護士らに誤つて内閣総理大臣を被告として本訴を提起したことにつき、前叙のような重過失があることに変りはないものというの外ない。)

右の点につき、抗告人らは、前示弁護士らが本件処分の取消訴訟の委任を受けたのは出訴期間を僅か一〇日余り残したときであり、しかも同弁護士らはそれ以前の本件異議申立の手続には全く関与していなかつたうえ、本件訴訟はきわめて重要な多くの問題点を含んでいたから、右期間内に同弁護士らが本件訴訟の被告適格につき十分な検討を加えることは到底不可能であつた旨主張するが、右主張のような前提事情があつたとしても、右弁護士らに本件訴訟の出発点である被告適格の点につき必要な検討を加える時間的余裕がなかつたものとは到底認めるに足らず、むしろ前認定の事情の下では、僅かな期間内ではあつても、右弁護士らが法律専門家として一挙手一投足の労ともいうべき些少の注意さえ払えば、容易に本訴において被告とすべき行政庁を正確に知り得たものというべきであるから、右主張は採用の限りでない。

また抗告人らは、行政事件訴訟法第一五条の重過失の有無の判断に際しては、当該行政処分の国民に対する権利侵害の重大性についても考慮すべきであるところ、本件処分は原子炉設置許可という、一度その事故が発生すれば、抗告人らの生命、身体、生活環境等を潰滅的に破壊しつくす重大事案に関するものであるから、本件訴訟の提起につき抗告人らに被告を誤つた過失が存在するとしても、右過失は重過失に当らないものとして最大限に救済し、本件被告の変更を許可すべきである旨主張するが、当該行政処分の国民に対する権利侵害の重大性如何は、右重過失の有無の判断に直接関係がないものと解するのが相当であるから、右主張もまた採用することができない。

してみれば、本件訴訟の原告である抗告人ら本人にも行政事件訴訟法第一五条所定の故意又は重大な過失があつたか否か判断するまでもなく、前示訴訟委任の効果として、抗告人らには前示被告を誤つたことにつき重大な過失があつたものというの外ない。そして他に、抗告人らが本件訴訟提起につき、被告とすべき者を誤つたことが故意又は重大な過失によらないものと認めるに足る証拠もない。

そうとすれば、本件訴訟における抗告人らの本件被告変更の申立は許されないものというべきである。

3  よつて、以上と一部理由を異にするが、結論において右申立を却下した原決定は結局相当であつて、本件抗告は理由がないから、これを棄却することとし、抗告費用は抗告人らに負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判官 古川純一 谷口彰 竹江禎子)

(別紙)

抗告の趣旨

一 原決定を取消す。

二 鹿児島地方裁判所昭和五五年(行ウ)第三号原子炉設置許可処分取消請求事件の被告内閣総理大臣大平正芳を通商産業大臣田中六助に変更することを許可する。

抗告の理由

一 原決定は事実認定を誤つた違法がある。

即ち、抗告人池満洋(以下抗告人池満という)は、審尋において前記取消請求事件(以下本件訴訟という)の原告ら訴訟代理人の弁護士事務所に持参したのは、異議申立書、異議申立に対する決定書及び伊方訴訟に関する資料の一部であると述べている(審尋調書第二二項・第六五項)にもかかわらず、原決定は、別紙一の書面を持参した旨認定している。

原決定は別紙一の通知書を原告ら代理人に持参したとの認定を尋問調書二三項から導いていると思われるが、同項より以前のどの部分を見ても別紙一の書面は抗告人池満に示されていないし、同抗告人は第二二項で持参した書類を決定書、異議申立書及び伊方訴訟の資料の一部と特定しているのである。同抗告人の二三項の供述は、第六五項の供述と照しあわせて考えるとき、同抗告人の錯誤にもとづく供述と解するのが妥当である。そして右事実誤認は後述の如く、原決定の不当さに重大な影響を及ぼしている。

二1 次に抗告人らが、被告とすべき者を誤つたことにつき「故意又は重大な過失」があるとする原決定は不当である。

そもそも行政事件訴訟法第一五条の立法趣旨は、現代の複雑な行政組織の機構の中で、被告とすべき当該処分を行つた行政庁が必ずしも容易に判定できない場合があり、また本件の場合のように法律の改廃によつて行政機関内部の権限委譲が為されることもしばしばであり、その結果被告を誤つたことによりその訴が不適法として却下されると、出訴期間の徒過により再訴が不可能となるため、できるかぎり原告らに救済の途を開こうとするものである。そして又行政訴訟は、行政庁の違法な処分に対する救済機能を営むものであるから、可能な限り救済の途を開くことが要請される。

2 原決定は、抗告人池満が処分庁変更後も異議申立に関し、通商産業省係員もしくは通商産業大臣と折衝を重ねてき、別紙一・二の各書面を受領したから処分取消訴訟の被告を通商産業大臣とすべきことを容易に知りえたと認定する。

しかしながら、別紙一の書面によつても、異議申立につき決定をする権限が昭和五四年一月四日をもつて内閣総理大臣から通商産業大臣に引き継がれたことを認識しうるのみであり、原子炉設置許可処分の権限が通商産業大臣に移行されたことまで認識することは到底できない。

昭和五三年七月五日付官報(第一五四四一号)第四頁によりはじめて核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律第二三条の改正がなされ、その改正により発電の用に供する原子炉の設置許可権者が内閣総理大臣から通商産業大臣に移行したことを知りうるのみである。

同様に別紙二においても、行政不服審査法にもとづく異議に関し、「本件に係る処分庁の地位」が通商産業大臣に承継されたと記述するのみであり、発電の用に供する原子炉の設置許可権者の変更については何ら記すところではない。

そして前記法改正によつても内閣総理大臣が原子炉の設置許可権者から全く除外されたものではなく試験研究の用に供する原子炉に関しては、許可権限を残しているのである。

右のような状態のもとで法律に関しては全くの素人である抗告人池満に単に行政不服審査法の条文を参照のうえ、少しの注意を払つて検討しさえすれば、正当な被告を知りえたと認定し、池満に対し、「故意にも比すべき著しい重大な過失」があつたと断定する原決定は前記行政事件訴訟法第一五条の精神を無視した不当な決定といわざるをえない。仮りに別紙一の書面に記載してある行政不服審査法第四八条及び第三八条を参照したとしても本件訴訟の被告が通商産業大臣であると認識することは至難である。原決定のごとき注意義務が課されることになれば、国民は常に官報を精読し、六法との対比を迫られることになる。

3 本件訴訟の原告ら訴訟代理人らが川内原子炉設置許可処分取消請求事件を受任したのは、出訴期間を一〇日余りに残した昭和五五年四月一一日であり、同訴訟代理人らは、それ以前の異議申立事件に全く関与していない。本件処分取消請求事件は、伊方原発訴訟事件の判決から知りうるごとく、内容面においてあまりにも重要な論点を多く含み、到底、右期間内で充分な検討を加えるほどの時間的余裕はなかつた。又当事者らの持参した書類は異議申立書及び決定書謄本及び伊方訴訟の資料である(別紙一の書面を持参したと認定する原決定が誤りであることは第一項記載のとおり)。

なるほど被告の選択を誤つた訴訟代理人らに過失があつた点は認めるが、重大な過失があつたとする原決定の認定は不当である。

重過失の認定に際しては、事案の複雑性、受任時期、異議申立事件の関与の有無等諸般の事情を考慮すべく単に弁護士が代理人であるとの一事をもつて常に重過失ありと認定するのは行政事件訴訟法第一五条の立法趣旨に著しく反すると言わなければならない。

ちなみに京都地裁決定昭和四七年六月五日(判時六七八号三二頁)は、被告の変更申立につき訴訟代理人に重大な過失があるとして申立を却下したが、同事件は、弁護士が行政上の不服申立の手続にも加わり、その段階で処分庁を知つていた事案である。

なお、神戸地裁決定昭和五三年七月三日(行集二九巻七号一二四七頁)は、訴訟代理人に重大な過失がなかつたものとして被告の変更を認めた。

4 行政事件訴訟法第一五条が行政庁の違法な処分に対する救済機能をも営むものとすれば、重過失の有無の認定に際しては、当該行政処分の国民に対する権利侵害の重大性をも考慮さるべきである。本件行政処分は、原子炉設置許可という一度事故が発生すれば抗告人らの生命、身体、生活環境等を潰滅的に破壊しつくすという重大事案に関するものであり、その行政処分が、抗告人らにとつて最後の拠り所である司法審査を何ら経ないまま認容されることによる抗告人らの不利益には極めて多大なものがある。右処分が、手続的にも実質的にも適法なものであるかにつき、裁判所の法的判断を求めるのは、国民の裁判を受ける権利として憲法上も保障をうけているのである。その憲法三二条の精神及び生命、幸福追求に関し最大の尊重を保障される同法一三条の趣旨からしても本件のような重大事案に対しては、その訴訟手続上の些細な過誤については最大限救済が図られるべきである。

以上のような観点からするとき、抗告人らが、本件行政訴訟の被告を、当初許可処分をした総理大臣にした過失をとらえて重過失とするのは甚だ不当であり、被告変更は当然許可されるべきである。

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